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甲府簡易裁判所 昭和37年(ハ)106号 判決

原告 萩原うた子

被告 有限会社伊勢商事

主文

被告が別紙目録〈省略〉記載の物件につき昭和三五年九月一一日付をもつて訴外望月義英より取得した質権は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨又は主文第一項部分につき同項記載の質権は不存在であることを確認する、との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は訴外望月義英に対し、甲府簡易裁判所昭和三四年(ハ)第三四〇号貸金請求事件の確定判決ある、五〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三一年一月一日以降右支払済に至るまで日歩三銭の割合による金員の債権を有しているので、右債権の強制執行をなすべく調査したところ、右訴外人は、同人の被告に対する元金六〇、〇〇〇円利息月五分弁済期昭和三五年一〇月一〇日とする同年九月一一日付消費貸借契約に基く債務の担保として、右九月一一日被告のために右訴外人の全財産ともいうべき別紙目録記載の物件に質権を設定している事実が判明した。ところが被告は、右訴外人から右物件の引渡を受けて有効に右質権を取得した後、右訴外人と共に同居して通常の家庭生活を営む同人の妻望月すみ江に、右物件を同人の家庭内において保管させることとして代理占有させているものである。

二、しかして、質権者がその目的物件を質権設定者の妻に右の如く代理占有させることは、質権設定者に代理占有させることと同一視すべきであるから、前記質権は消滅し又は原告に対する関係において無効に帰したものというべきである。よつて原告は被告に対する関係で被告の前記質権が不存在又は無効であることの確認を求めるため本訴に及んだ、

と陳述した。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として、

請求原因第一項の事実は認めるが、同第二項の主張は争う。

と述べた。

理由

原告主張の請求原因第一項の事実は当事者間に争がない。

ところで、右事実関係の下において、被告は本件質権の目的物件を質権設定者たる訴外望月義英に代理占有させたと同一の効果を認め得るかにつき検討するに、元来夫と妻はそれぞれ別個独立の人格を有し、しかも我が民法は個人の尊厳の思想に立脚していわゆる夫婦別産制を採用しているものであつて、夫婦がそれぞれ独立して取引の主体となり得るわけであるが、他方夫婦は通常密接な共同生活を営んでいるもので、婚姻生活の本質は正に夫婦の協力扶助関係にあるわけであるから、必然的に夫婦は相互に相手方の財産(所有権が何人に属するかを問わず、使用可能の下に管理している財産を含む。)を相当自由に使用して受益する立場にあり、右財産に利害関係を有する第三者も右夫婦間の利用関係を容認するのが通常と考えられ、更にひるがえつて、質権者が質権設定者に質物の代理占有をさせることが禁止されている所以は、質権の対抗要件は質権者において質物を占有することであるがただ質権設定者に質物を代理占有させることによる間接占有ではその実を発揮し得ぬこととなり、加うるに右態様の代理占有をさせては質権者が質物を占有することによつて満たされるべきいわゆる留置的作用が喪失して質権制度の意図する効用が滅却されるに至るとの考慮に基くものである点を考えると、質権者が質権設定者と通常の家庭生活を営む同人の配偶者に質物を代理占有させた場合には、前記夫婦の財産関係に照して、質権の公示作用及び留置的作用が質権設定者に代理占有させた場合と同一の運命をたどると解せられるので、結局本件においては、被告は本件の目的物件を訴外望月義英に代理占有させたと同一に評価し得ることになるのである。本件質権の目的物件中には、望月義英のみが専用し或いは同人がその妻であるすみ江と共に共用するのであろうと思われる性質の物のほか、望月義英が使用することはあり得ない性質の物が含まれているが、斯様な性質を有する物件については、本来望月義英がこれを直接使用することはないのであるから、同人がその物を質権者に引渡した場合の留置的作用は、同人の家族がその物を使用し得なくなることによつて受ける苦痛が義英に作用するものとして理解すべきであり、従つて質権者によつてその物が同人の妻に代理占有させられることになつた以上、義英に代理占有させたと同じく留置的作用が消滅すると解され、(公示作用が発揮し得ぬことになる点は容易に前同様に解し得るであろう。)前同様の結論が得られるのである。

しかして、質権者が質権設定者に質物を代理占有させた場合には、当該質権が消滅するか否かはとも角、少くとも当該質権の第三者に対する対抗力は喪失するものと解すべきであるから、被告の望月義英に対する本件質権は、原告がその対抗力を認めない以上、原告に対する関係においては無効というべきである。

そして、前記争のない事実及び被告が右質権の無効を争つている事実に照せば、原告は被告に対する関係で本件の質権の無効確認を求める利益ありというべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥平守男)

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